AIの活用による創薬の進歩|今後への課題や成功事例を紹介

AIはさまざまな分野での活用が進んでおり、特に創薬では開発の迅速化を通じて、多くの人の命を救うことが期待されています。
また、製薬メーカーにとっては研究開発費の削減や開発期間の短縮といったメリットもあります。
一方で、今後の実用化に向けては解決すべき課題が多いことも事実です。
そこで本記事では、AI創薬の現状やメリット、企業の成功事例を紹介するとともに、今後解決すべき課題や問題点についても詳しく解説します。
AIによる創薬とは?

AIによる創薬とは、AIを活用しながら効率的な新薬の開発を行うことです。
医薬品の開発には、疾患の原因となるたんぱく質や遺伝子を特定する標的探索や、疾患に有効なリード化合物を探索・最適化する工程が不可欠ですが、AIを活用することでこれらのプロセスを大幅に効率化できると期待されています。
また、実際に医薬品が体内に摂取された場合、どういった効果が期待できるのか、有効成分の安定性やリスクなどもAIによって効率的にシミュレーションできると考えられています。
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AI創薬を取り巻く背景

AIによる創薬はなぜ注目されているのか、従来の創薬プロセスとどういった違いがあるのか、将来期待される経済効果なども含めて詳しく解説しましょう。
AI創薬が期待されている理由
製薬メーカー各社においては、AIを活用した創薬の実現に向けた多様な取り組みが進められており、その実用化が強く期待されています。
このような動向の背景には、AI技術の加速度的な進化が挙げられます。
なかでも生成AI(Generative AI)の飛躍的な進展により、膨大かつ複雑なデータを短時間で解析することが可能となりました。
これにより、疾患の分子機構に基づいて、医薬品開発の出発点となる有望な成分候補(いわゆる「リード化合物」)がどのような薬理作用を持つのかについて、AIが推論し、コンピュータ上でシミュレーションを行うことも可能となっています。
リード化合物とは、治療効果が期待される成分候補であり、医薬品としての最適化を経て開発が進められる出発点となるものです。
さらに、近年では医薬品の原材料価格および人件費の上昇により、経営的な困難に直面している製薬企業も少なくありません。
こうした課題の解決策として、AI創薬は効率性とコスト削減の両面から大きな期待を集めているのです。
従来の創薬プロセスとの違い
冒頭でも説明した通り、医薬品の開発には標的探索とリード化合物の探索、最適化といったプロセスが不可欠です。
従来の創薬は、膨大なデータの中から探索し、動物実験によって効果を検証した後に治験を繰り返し、所定の審査を経て新薬として承認されるというプロセスが用いられてきました。
AI創薬では、これまで人手による候補化合物の探索や動物実験に依存していたプロセスの一部を、AIによって代替・補完することが可能となります。
これにより、従来の創薬プロセスと比較して、より迅速かつ体系的に医薬品候補を見出すことができる点が、AI創薬の大きな特長といえます。
さらに、AIの活用によって前臨床段階での化合物選別の精度が向上することで、動物実験の回数や規模を大幅に削減できるとともに、将来的にはその一部、あるいは全体をコンピュータシミュレーションによって代替できる可能性も示唆されています。
このように、AI創薬は生命倫理の観点からも高い意義を持つアプローチとして注目されています。
AI創薬によってもたらされる経済効果
創薬プロセスの革命ともいえるAI創薬が実用化されれば、研究開発費の大幅な削減が期待でき、京都大学大学院医学研究科では半分程度に抑えられるという試算もあります。
もともと創薬は失敗のリスクが高い分野ではありますが、比較的難易度の低い創薬ターゲットは過去に研究し尽くされてきたこともあり、近年では成功率が大幅に低下しています。
また、十分なシミュレーションを繰り返していたとしても安全性の懸念が生じたり、十分な効果が得られないといった理由で製品化に至らないものも数多く存在します。
仮に創薬の開発に成功したとしても、それまで要した莫大なコストを回収できないというメーカーもあるほどです。
しかし、AIを活用することで、これまで蓄積した創薬に関する学習データをもとに精度の高いシミュレーションが可能となり、製薬業界全体で1.2兆円もの研究開発費を削減できるといわれています。
AIによる創薬のメリット

AI創薬には製薬メーカーのみならず、医療業界や患者にとってもさまざまなメリットが期待されています。
開発期間の短縮
従来の創薬プロセスでは標的探索とリード化合物の探索、最適化に多くの手間がかかり、動物実験や治験といった地道な工程も含めると市販化まで10年以上を要することが一般的でした。
しかし、AIを活用することでリード化合物の特定や臨床試験の最適化が可能になり、開発期間を4年程度短縮できるといった試算もあります。
開発コストの削減
先述の通り、創薬には莫大なコストを要するため、開発に成功したとしてもそれまでのコストを回収できないというケースが少なくありません。
AIを活用することで精度の高い探索や最適化、シミュレーションも可能になり、開発コストを半分程度に抑えられる可能性があります。
その結果、医療費や社会保障費といった負担も低減されます。
高精度な予測による成功率の向上
創薬は成功よりも失敗の確率のほうがはるかに高い分野であり、特に近年では難易度の高い創薬ターゲットが大半を占めています。
加えて、十分な効果が期待されていたとしても安全性などの基準をクリアできなければ実用化には至りません。
AI創薬では膨大なデータを解析し、効果が期待できるリード化合物を探索したうえで高精度のシミュレーションも可能です。
これにより、臨床試験の成功率が向上し、治験段階での失敗リスクを低減できると期待されています。
データ解析による新たな治療法の発見
AIによる過去の研究データやカルテの解析が進んでいけば、これまで見落とされていた新しい治療法や有効な薬剤を発見できる可能性もあります。
たとえば、過去には高血圧に対する治療薬の副作用で体毛が濃くなったケースが多く見られた点に着目され、育毛剤として有名な「ミノキシジル」の製品化に至った事例もあります。
異なる疾患や症状に治療薬を転用する仕組みはドラッグ・リポジショニングとよばれ、AI創薬によってこのような事例がさらに増えていくと考えられます。
個別化医療への貢献
同じ疾患を抱える患者でも症状の程度は異なるほか、個人の体質によって副作用のリスクも変わってきます。
AIを活用することで個人に合わせた薬の処方や副作用の予測も可能になり、その人に最適化された医療プランを立てやすくなります。
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AI創薬が抱える今後への課題

AI創薬はさまざまなメリットがあり将来性が期待される一方で、解決すべき課題も少なくありません。
データの質と量の確保
AIが精度の高い予測を行うためには、大量の学習データを準備しなければなりません。
しかし、創薬に関するデータは分野ごとにバラつきがあり、取得が困難なケースも多いのです。
学習データが不足していたり、あるいはデータに偏りや欠損があると、AIの予測精度が低下し期待通りの結果が得られない可能性もあります。
そのため、質の担保された十分な量の学習データをいかに確保するかが今後の重要な課題といえるでしょう。
AIモデルの透明性と解釈性
AIがなぜその結果を導き出したのか、その明確な理由が説明できなければ医薬品の承認プロセスや医療現場での活用は難しくなります。
特に、ディープラーニングを用いたAIモデルはブラックボックス化しやすく、導き出された結論の根拠が不明瞭になるおそれがあるため、今後の大きな課題といえるでしょう。
法的および倫理的課題
万が一、AIが判断ミスをした場合の責任はどこにあるのか、あるいはAIが発見した化合物の特許権は誰が持つのかなど、法的な課題も残っています。
また、AI創薬の実用化が進んでいくということは、人間の関与が減っていきAI主導による薬剤開発が主流になる可能性もありますが、そこには倫理的な懸念も生じます。
法的な規制の整備と倫理的な議論も並行して慎重な対応が求められます。
専門人材の育成
AI創薬には医薬・生物学の知識と、AI・データサイエンスの知識を兼ね備えた専門人材が求められますが、現在はそのような専門人材が不足しています。
もともとAIは製薬業界だけでなくさまざまな分野での活用が期待されているため、異分野を横断するカリキュラムの整備と人材育成が急務となっています。
データプライバシーの保護
創薬に活用される学習データには、患者の遺伝子情報や病歴などの機密性の高い情報が含まれています。
そのため、AIがデータを処理する際には、プライバシーを守りつつ安全にデータを活用できる仕組みづくりが求められます。
AIを創薬に活用した成功事例

製薬メーカーだけでなく、大手IT系企業やAIスタートアップ企業などが続々とAI創薬の分野に参入しています。
その中で、実際にAI創薬の事業化に成功した事例をいくつかご紹介しましょう。
デジタルを活用した革新的な新薬創出|中外製薬
大手製薬メーカーの中外製薬では、DXの取り組みのひとつとしてAI創薬の研究を行っています。
独自に開発した「MALEXA(マレキサ)」とよばれるAIモデルを活用し、膨大な抗体配列パターンを自動生成し特性を予測。
これまで膨大な時間を要していた属人的な作業を短縮し、高精度のパターン生成にも成功しています。
また、「MALEXA(マレキサ)」によって生成された抗体配列パターンの論文が科学雑誌にも掲載され高い評価を獲得しました。
オーダーメイド型がんワクチンを開発|NEC
NECはフランスのバイオ系企業Transgene社と共同でAI創薬に取り組み、「TG4050」とよばれるがんワクチンの開発に成功しました。
このワクチンは、患者本人から採取した細胞をAIが分析し、がん細胞に似たたんぱく質を体内で増やすことで免疫細胞を活発化させるというもの。
患者本人の細胞をもとにワクチンが作られるため、オーダーメイド型がんワクチンともよばれます。
論文データの解析から創薬テーマを創出|LInC
100以上の製薬メーカーおよびIT系企業が参画するコンソーシアム「LInC(ライフ インテリジェンス コンソーシアム)」では、創薬テーマの創出を重要プロジェクトに位置づけています。
「JDream Expert Finder」というサービスでは学術論文の著者をデータベース化し、探索テーマに関する情報を提供しています。
AIによる全自動創薬ロボットを開発|MOLCURE
MOLCUREというベンチャー企業では、これまで人の手によって行われてきた抗体のスクリーニングや探索作業を全自動化できる創薬ロボット「HAIVE」を開発。
膨大な探索作業を自動化することで、創薬開発にかかる時間の大幅短縮に貢献しています。
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まとめ
本記事で紹介したように、AI創薬は新薬開発のスピードと精度を飛躍的に高める可能性を秘めています。
一方で、データの整備や倫理的課題といった側面も見過ごせず、慎重かつ多面的な対応が求められます。
それでもなお、AIは医療や薬の未来を大きく変えつつあり、私たち一人ひとりの健康にも深く関わる時代がすぐそこまで来ています。
創薬とAIが融合するこの最前線の動向に、今後も注目していくことが重要です。

間 祐太朗
- 所属:薬学部 薬学科
- 職名:助教
- 研究キーワード:neuromodulation/超音波/睡眠
学位
- 博士(薬学)(2016年03月 城西大学)